43-アレン・アイバーソン
パウンド・フォー・パウンド最強の男、アレン・アイバーソン
アレン・アイバーソン。その名前を聞いただけで、時代を知る者の脳裏には“衝撃”という言葉が浮かぶ。183cm、75kgというNBAでは明らかに小柄な体。だがその小さな身体が、どれだけ巨大なインパクトを残したか――それは、スタッツや受賞歴以上に、「NBAというゲームそのもの」に与えた変革の大きさで測るべきだ。
「神」に対抗したルーキーイヤーの衝撃
1996年。NBAは黄金期のど真ん中。マイケル・ジョーダンが完全復帰を果たし、リーグは再びブルズ王朝に染まっていた。そんな中、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに全体1位指名で加入した若きルーキーが、いきなり“神”と渡り合う。
3月12日のブルズ戦。NBAファンなら一度は見たことのあるシーンだろう。ジョーダンの前でボールを揺らすアイバーソンは、右手でクロスオーバーのフェイント、MJが反応すると瞬時に切り返し、本物のクロスオーバーでジョーダンを振り切り、ジャンパーを沈めた。
このワンプレーが意味するのは、“ジョーダンを抜いた”という表面的な興奮だけじゃない。当時、ジョーダンは絶対的存在であり、ルーキーが1on1で勝負を挑むなど常識外れ。しかもそれを成功させてしまった。アイバーソンは、NBAの序列やルールを根本から覆してみせた。
「俺がクイックネスを失うのは、神がそう望んだ時だけだ」
この言葉に、アイバーソンのすべてが詰まっている。
彼の最大の武器は、何より“クイックネス”。スピードではない。“初速”と“反応速度”において、彼の右に出る選手はほぼ存在しなかった。クロスオーバーはただのフェイントではない。手首、膝、目線、そして上体のバランスを一瞬で切り替える、0.1秒のアートだ。
特に彼のクロスオーバーは、タイミングとフェイクがえげつない。パスフェイクのようにして身体を浮かせたかと思えば、真逆の方向へ一瞬で加速。多くのディフェンダーは、その動きを“予測”しようとしても間に合わず、ただ膝をつくしかなかった。
“アイバーソンに抜かれたディフェンダーランキング”なんてものがあったら、おそらく全盛期のガード陣がずらりと並ぶはずだ。
身体を投げ出すスコアリングマシン
彼の得点方法を語るとき、単なるドリブルスキルだけでは語り尽くせない。
身長183cmの選手が、常にペイントエリアに切り込むというのは、言ってしまえば“自殺行為”に近い。それでも彼は躊躇しなかった。デビッド・ロビンソン、シャキール・オニール、ケビン・ガーネット…ゴール下にそびえる巨人たちをものともせず、何度も身体をぶつけながらフローターを沈め、ファウルをもらい、時には吹っ飛ばされながらも立ち上がった。
彼はスコアラーでありながら、タフネスという意味でも別格だった。1試合あたりの平均得点が30点を超えたシーズンが4回あるのに対して、試合を欠場する頻度は極めて少なかった。
“タフ”という言葉には、フィジカルの強さだけでなく「倒れてもまた行く」というメンタルが含まれる。アイバーソンは、まさに“心の強さ”でも勝負する選手だった。
クロスオーバーが文化になった瞬間
アイバーソン以前にも、クロスオーバーは存在していた。ティム・ハーダウェイの「UTEP Two-Step」は有名だし、ケニー・アンダーソンも巧みだった。
でも、アイバーソン以降は“誰もがクロスオーバーをするようになった”。
とりわけ、2000年代以降の若手ガードたちにとって、アイバーソンのムーブは“基礎”になった。クリス・ポール、デリック・ローズ、カイリー・アービング、さらにはルカ・ドンチッチまでもが、彼のクロスオーバーを模倣し、自分なりの解釈を加えて進化させている。
NBAはもちろん、ストリートでも、部活の中学生でも、小さな子供たちが「アイバーソンみたいになりたい」と言って、ボールを揺らすようになった。これはもう「文化」だ。
チームプレーと個人技の狭間で
ただし、アイバーソンのキャリアは常に“個人技とチームプレーの対立”と共にあった。
チームメイトとの確執、指導者との衝突。「練習しない」発言は悪名高いが、あれは実際には“誤解された発言”でもある。しかしながら、彼のプレースタイルがチームの枠を超えてしまっていたのは事実でもある。
2001年のファイナル進出。ラリー・ブラウンとの激しい衝突を乗り越えて、アイバーソンがリーグMVPを獲得したこの年は、まさに“個人技でチームを引っ張った”最たる例だった。周囲の選手たちは完全に彼をサポートする役回りで、ディフェンスとリバウンドに徹していた。
この年のファイナル初戦、レイカーズ相手に放った48得点は、アイバーソンのキャリアにおける最大の輝きともいえる。
パウンド・フォー・パウンドという概念
「もし全員が同じ体格だったら、誰が最強か?」
この問いに対して、アイバーソンを挙げる者は少なくない。彼の爆発力、クイックネス、フィニッシュ力、そしてゲームメイク能力。どれをとっても、サイズというディスアドバンテージがなければ、レブロンやコービー、KDクラスと互角にやれたであろう“ポテンシャル”を持っていた。
小さな身体でも、常にゲームを支配していた。スコアボードに残る点数以上に、観ている者の記憶に残るプレイ。それが、アイバーソンの真の価値だ。
“Answer”は、今も問いかけ続けている
引退から十数年が経った今でも、彼のユニフォームは売れ続けている。名言は語り継がれ、彼のプレイ集はYouTubeのアルゴリズムを抜け出すことはない。
アレン・アイバーソンは、NBAに“答え”を持ち込んだ。
そして今も、「お前にとって最高のガードは誰だ?」という問いに対し、多くのファンがこう答える。
“The Answer”と呼ばれた、あの男だよ。
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