NBAポスターコラム683:『ブルズ・ジョーダン』の影から抜け出したピッペン、その後の運命は、、、。

NBAポスターコラム
683-スコッティ・ピッペン

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スコッティ・ピッペン:ロケッツ時代のキャリアとその評価

背景と移籍の経緯

スコッティ・ピッペンは、シカゴ・ブルズでの成功が最も有名だが、彼のキャリアはその後も続いた。ブルズでのキャリアが終わりに近づいたピッペンは、1998年のNBAロックアウト後、ブルズからの放出を求めていた。これは、当時のブルズのフロントオフィスとの契約交渉がうまくいかなかったためであり、彼は自分の価値を正当に評価されていないと感じていた。

ブルズでのピッペンの役割は、マイケル・ジョーダンの影に隠れがちだったが、彼自身もスター選手としての実力を持っていた。しかし、ブルズでの最後の数シーズン、ピッペンは契約面での不満を募らせていた。1997年から1998年シーズンのピッペンの年俸はNBAのスーパースターにしては低すぎる金額だった。そのため、ピッペンは契約の再交渉を求めたが、ブルズのフロントからは何度も拒否されていた。

ロケッツへの移籍と大型契約

ピッペンのキャリアに大きな転機が訪れたのは、1999年にヒューストン・ロケッツにサイン・アンド・トレードで移籍したときだった。この移籍により、ピッペンは5年総額6700万ドルの大型契約を手にすることになる。当時のロケッツは、チャールズ・バークレーやアキーム・オラジュワンといったベテランスターが在籍するチームであり、ピッペンの加入は「ビッグスリー」として優勝を狙う布陣と見なされていた。

ロケッツでの成績と評価

しかし、ロケッツでのピッペンのプレーは、期待されたほどのインパクトを残すことはできなかった。1998-1999シーズンはロックアウトによって短縮されたシーズンであり、ピッペンは50試合に出場した。このシーズン、彼は平均14.5得点、6.5リバウンド、5.9アシストといった数字を残したが、これらのスタッツは彼のキャリアベストには遠く及ばなかった。特にフィールドゴール成功率が43.2%と、キャリアワーストに近い数字だったことが目立った。

ロケッツはこのシーズン、31勝19敗でプレーオフに進出したが、ファーストラウンドでロサンゼルス・レイカーズに敗れた。ピッペンは特にプレーオフでのパフォーマンスが振るわず、チームとしても期待も裏切られる形となった。

チーム内の軋轢と早期退団

さらに、ピッペンとバークレーとの間には緊張が生じていた。ピッペンはバークレーを公然と批判し、彼のトレーニング態度やリーダーシップに対して不満を表明していた。これにより、ロケッツ内での雰囲気が悪化し、ピッペンのチームでの立場も不安定になっていった。

結局、ピッペンはロケッツでの1シーズンのみでトレードを要求し、翌シーズンにポートランド・トレイルブレイザーズに移籍することになる。ロケッツはピッペンを放出することで、チームの再編成を図ったが、ピッペン自身にとってもこの決断は正しかったと言える。なぜなら、ロケッツでの短期間のキャリアは、彼のキャリア全体を通じて見てもあまり成功したとは言えないものだったからだ。

ブレイザーズ時代との比較:年俸とパフォーマンスのギャップ

ピッペンがロケッツを去った後、彼はポートランド・トレイルブレイザーズと大型契約を結んだ。この契約は、彼がブルズ時代に得られなかった経済的な報酬をようやく手に入れるものだったが、その一方で、彼の年俸に見合ったパフォーマンスを発揮できたかどうかには疑問が残る。

ブルズ時代は、ピッペンはその多才なプレーでチームに大きく貢献していたが、年俸は常に低く抑えられていた。これは、ジョーダンの影響もあってのことだが、ピッペンにとっては不満が募る要因となっていた。一方で、ブレイザーズ時代のピッペンは、ブルズ時代とは対照的に高額な年俸を得たが、その報酬に見合ったパフォーマンスを発揮することはできなかった。これにより、彼のキャリア全体を振り返ると、年俸とパフォーマンスの間には大きなギャップが存在することになる。

トータルでトントン:ピッペンのキャリア総括

スコッティ・ピッペンのキャリアを総括すると、彼のプレーはその才能と貢献度に比べて、経済的な報酬に見合ったものではなかった。ブルズ時代は、彼の価値に対して年俸が低すぎたため、ピッペンはフロントに対して何度も契約の再交渉を求めたが、受け入れられることはなかった。

一方で、キャリア晩年に移籍したブレイザーズでは、彼はついに高額な年俸を得たが、その契約に見合うほどの活躍を見せることはできなかった。つまり、ピッペンのキャリア全体を通じて、彼が得た報酬と彼のプレーの価値は、トータルで見れば「トントン」だったと言える。

ピッペンのロケッツ時代は、そのキャリアにおいて狭間となり、特に成功した期間とは言えないが、それでも彼の偉大な選手としての評価にそれほど影響を与えるものではない。むしろ、彼のキャリアを通じて見られる年俸とパフォーマンスのギャップが、「人生とは、うまいことできている」という事実を裏付ける一つの要素となっている。

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