第2のジョーダンより第2のピッペンの方が難しい。

「1991年にレイカーズを倒してブルズで初めてチャンピオンになったファイナルが一番思い出に残っているね。それまでにもプレーオフには何度も出場していたけど、自分たちの前にはピストンズが大きな壁となって立ちはだかっていたので、ファイナルまで勝ち進むことができずにいた。91年にはカンファレンスファイナルでそのピストンズをスリープで退け、 悲願のファイナルに初めて進出。チームをも最高の状態でファイナルに臨むことができたんだ。今、改めて振り返っても91年の優勝が僕やマイケル(ジョーダン)、フィル(ジャクソン)、当時のチームメイト、そしてシカゴ・ブルズというチームの将来を大きく左右したと言える。全てはあの優勝から始まったんだ。特に優勝を決めた敵地ロサンゼルスの大5戦で32得点、13リバウンドと勝利に大きく貢献できたことは思い出深い。優勝を決めてみせるという意気込んで臨んだ試合で最高のパフォーマンスができたんだからね。優勝を決めた瞬間はそれまでの苦労が全て吹っ飛び、何もかも忘れて大騒ぎして喜んだものさ」。

追伸、コービー、レブロン、カーター、ペニー、グラント・ヒル、、、。

ジョーダンの後継者、Goat論争、プライムタイムに1on1で戦ったらなど、マイケル・ジョーダンと比較される選手はたくさん出てきた。

だがピッペンがいなければ、ブルズ王朝はなかった。

『史上最高のNo.2』。

それがスコッティ・ピペン。

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