50-スティーブ・ナッシュ
スティーブ・ナッシュという“目立たぬ魔術師”──派手じゃないが、最も恐ろしい男
「一発で切り裂く」より「何発も効かせる」プレーメイク
スティーブ・ナッシュはかつてこう語った。
「一発でディフェンスを切り裂いて得点に結びつくパスは、そう何度も繰り出せない。大事なのは目立たなくても確実に得点につなげるパスを出し続けること。それがボディブローのように相手ディフェンスにジワジワと影響を与える。それが自分たちのペースで試合を運ぶのに最も効果的なやり方なんだ」
これはまさに、スティーブ・ナッシュという選手の本質を突いた言葉だ。
彼のパスは、マジック・ジョンソンのように派手なノールックパスでも、ジェイソン・ウィリアムスのように目を引くトリックパスでもない。そういうパスも場面によっては繰り出すが、ナッシュのパスは基本に忠実だ。でも、それが怖い。確実にじわじわと効く。ディフェンスのほころびを見抜き、タイミングと角度を操るように、絶妙な位置にボールを届ける。
その結果として、チームは常に“いい形”でオフェンスを終える。シュートに行けなくても、次に繋がる。だからナッシュが仕掛ける攻撃は、まるで波のように断続的に押し寄せ、いつの間にか相手を溺れさせる。
真の武器は「IQ」と「リズム感覚」
ナッシュの最大の武器は、バスケットボールIQと空間把握能力だ。
彼は試合中、ボールを持ちながらコート全体を見渡している。たとえばピック&ロールの場面。ビッグマンの動き、ディフェンダーの位置、コーナーで待つシューターの状態。ナッシュはすべてを同時に捉えて、最も期待値の高いプレーを選び、そこにボールを届ける。
それだけではない。彼の動きは音楽的ですらある。ドリブルのリズム、ステップの緩急、身体の揺らし方。ナッシュは“速く動く”のではなく、“リズムで外す”。だから、スピードやパワーで勝負しているわけではないのに、ディフェンダーはタイミングを外され、後手に回る。ナッシュはそれを利用して、自分に時間を作り、正確無比なパスやシュートを放つ。
シュートの精度は歴代屈指
ナッシュが恐ろしいのは、パサーでありながら、歴代屈指のシュート精度を誇っていたことだ。
彼はキャリア通算で、FG47.3%、3P42.8%、FT90.4%という驚異的な数字を残している。「50-40-90クラブ(FG50%、3P40%、FT90%)」に複数回入った選手はNBA史上でも数えるほどしかいないが、ナッシュはこれを4回も達成した唯一の選手だ。
彼は“打てば入る”選手だった。それでいて、自分が打つより、チームメイトが気持ちよく打つことを優先する。この自己犠牲的なマインドが、サンズやマーベリックスを躍動させた。
彼は、勝つために“点を取る”より“流れを作る”ことを選んだ。そこに、ナッシュという選手の哲学がある。
“あのナッシュ”がディフェンスでも通用した理由
多くのファンや選手たちは、スティーブ・ナッシュに対して「ディフェンスは弱点」と評している。サイズがあるわけでも、脚力があるわけでもない。実際、1on1の守備で頼りにされたことはない。
だが、それでも彼はNBAという最高峰の舞台で20年近く生き抜き、MVPを2回も獲った。
ここに興味深いエピソードがある。カナダの後輩、RJ・バレットが14歳のときにナッシュと1on1をした。そのとき、バレットは「ディフェンスは下手だと思っていた。しかもパワーもあった」と語っている。
つまり、ナッシュの身体には“意外なパワー”が備わっていた。ディフェンスで目立たなかったのは、意図的に目立たない役割を演じていただけかもしれない。
実際、彼のディフェンススタッツは悪くない。ハードなポジショナル・ディフェンス(位置取りで勝つ)を徹底していたし、チームディフェンスの理解度は高かった。パスコースの読み、ヘルプの位置取り、スクリーンの回避──数字に表れにくいが、ナッシュは“無力”ではなかった。
むしろ“非力そうに見えて実は手強い”というのが、彼の本当の姿だったのかもしれない。
リーダーシップと人間性──ナッシュが愛される理由
ナッシュは単なるプレーメイカーではない。リーダーとしても、人格者としても、バスケ界で広く尊敬されている。
彼は試合中、コート上で常に声をかけ続ける。チームメイトを鼓舞し、エネルギーを与える。誰かがミスしても責めるのではなく、次のプレーへと促す。こんなタイプのリーダーは、派手ではないがチームには不可欠だ。
オフコートでは社会活動にも積極的だった。ナッシュはチャリティ財団を運営し、発展途上国の教育支援や医療環境の改善に取り組んでいる。現役時代から一貫して、社会的責任を意識して行動していた。
こうした姿勢があるからこそ、ファンだけでなく、選手仲間や指導者からも深く信頼されている。
“派手さ”を捨てた先に見えた“本物の強さ”
スティーブ・ナッシュはNBAの中でも特異な存在だった。
派手なスラムダンクはない。相手を圧倒するスピードもない。でも、彼がいると、チームは回り出す。無理せず、無理させず、自然な形でオフェンスを成立させる。それが、バスケットボールの“本質”に近いプレーメイクだった。
ナッシュのパスは、ディフェンスを一撃で倒すパンチじゃない。何発も浴びせて、効いてくるボディブローのようなものだ。だから相手は、気づいたときにはもう崩されている。
そんな彼の哲学は、今もなお多くの若いPGたちに影響を与えている。例えば、タイリース・ハリバートンのように、“全体を見て最善手を打つ”タイプのPGには、ナッシュの影が色濃く映っている。
スティーブ・ナッシュ。彼は“静かな支配者”だった。派手さを追い求めず、地味に、正確に、チームを勝たせることに徹した男。その姿勢こそ、NBAという華やかな舞台で、最も美しく、最も尊いものだった。
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