数年前には守備が疎かで、皮肉を込めてダラスの頭文字「D」が欠けた「アラス」と野次られていたが、エイブリー・ジョンソンHC政権下の1年半でリーグトップ級の守備力を持つチームに生まれ変わっていた。
プレーオフ2回戦で、マブスは最後まで地区王者の座を争ったスパーズと対戦。
これまでプレーオフで2度対戦してともに敗退しているマブスだが、「3度目の正直」を実現させ、3年ぶり2度目となるカンファレンス決勝に駒を進めた。
ノビツキーはリーグを代表する万能型PFだが、MVP2度受賞のダンカンのライバル的存在とは考えられていなかった。
しかし、チームを1人で牽引したこのシーズン、”ソフト”と批判された弱気なプレーは消え去り、ダンカンと肩を並べるエースへと成長を遂げた。
第7戦、第4Q最後のプレーは、生まれ変わったノビツキーを象徴していた。
残り27秒で3点を追う場面でボールを手にすると、安易な3点シュートではなく、気迫のドライブからレイアップ、マニュ・ジノビリのファウルも誘う。
3ポイントプレーを成功させて同点に追いついくと、その直後に、ダンカンのショットをブロックし、スパーズに引導を渡す。
チームの大黒柱として、リーグを代表するスターとして、ついにダンカンに勝るとも劣らぬ地位に登り詰めたノビツキーは、決勝では旧友であり、2年連続MVPに輝いたスティーブ・ナッシュ率いるサンズと激突。
この2チームは前年のカンファレンス準決勝でも対戦しており、サンズが4勝2敗でマブスを退け、MVP男、スティーブ・ナッシュが古巣のマブスと親友のダーク・ノビッキーに一矢を報いた形になった。
再び激突した両チームだが、1年前とは状況は違った。
2年連続MVPを獲得したナッシュは最強のパートナーであるアマレ・スタ ウドマイアーをケガで欠いていた。
しかしチームメイトの能力を最大限に引き出し、MIPに輝いたボリス・ディオウやラジャ・ベルら移籍選手を率いてプレーオフに乗り込んできた。
ジョンソンがチームに浸透させたのはディフェンスへの意識だけでなく、常に全力でプレーする姿勢。
このシリーズでは、全力プレーが自慢のサンズを上回るハッスルぶりを披露して、相手のマイク・ダントーニHCを嘆かせた。 ノビツキーはエースと呼ぶに相応しい活躍。
苦手だった守備でも、気迫のこもったプレーでチームに喝を入れた。
サンズのスモール・ラインナップを圧倒して、試合平均13.2リバウンド。
ポストプレーでの成長ぶりをナッシュに示すかのように積極的にペイント内に陣取り、得点を重ねていく。
第5戦では1人で50得点と大爆発し、シリーズ制覇に王手をかけた。
第6戦もロースコアに持ち込む戦略が功を奏し勝利。
「勝つために必要なことは何でもやった」と胸を張るノビツキー。
シリーズ終了後には笑顔でナッシュと抱き合った。
そしてついに念願のファイナルにたどり着いたマブスとノビツキー。
ノビツキーを中心にNBAファイナル序盤の主導権を握ったのはマブス。
序盤はマーベリックスが圧倒的に優勢で、多くの人が彼らの優勝を信じた。
特に良かったのはシャックに対するディフェンス。
ダブルチーム、トリプルチームでプレッシャーをかけ、次々にターンオーバーを奪った。
第2戦でシャックはプレーオフ自己ワースト記録の5得点だった。
強引にシュートに行っても入らないし、フリースローになると外してばかり。
パスを捌くとターンオーバーになった。
第2戦のあと「今日はみんなエネルギーが みなぎっていて、守備でハッスルしたし、攻撃でもボールをうまく回した。おかげでいろんな角度から攻撃を仕掛けられた」とノビツキーは満足そうに話していた。
そして場所をマイアミに移した第3戦、第4Q残り6分34秒で13点差をつける。
マブスが3勝0敗で王手をかけるのは間違いないように見えた。
優勝パレードは優勝が決まった日の2日後、ダラス市内のシティホールからアメリカンエアラインズ・ センターのコースと具体的な話も進んでいた。
ただ、シリーズの流れを変えたのは、世代交代を目論むマイアミ・ヒートの3年目の若者だった、、、。
大逆転で3勝目を逃すと、そこから4連敗でファイナル敗退。
ノビツキーは試合ごとに波はあったが、最後まで戦い抜いたマブスの大黒柱であることに間違いはなかった。
ノビツキーは「今は本当につらい気分だ。8~9ヶ月間、毎晩ベストを尽くし、そして大舞台までたどり着いたのに、結果は2位で家に帰られなければならないんだ。でもシーズン前、うちが西の王者になるなんて、誰も思っていなかった。その意味では今季、我々が成し遂げたことは誇りに思っている」。
追伸、ノビツキーはシリーズの間に28歳になった。
NBAファイナルに出るのはドイツ人ではディトレフ・シュレンプ(86年ソニックス) に次ぎ2人目だが、間違いなく欧州が生んだ最高のバスケットプレーヤーである。
213㎝の長身ながら、ドリブル、パス、ジャンプシュートと器用にこなす。
気の毒だったのはファイナルがワールド杯サッカーと重なり、母国ドイツでの注目度がいまひとつだったこと。ドイツか ら派遣された記者も1人で、日本人記者よりも少なかった。
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